“毒親育ち”といわれる人の中には、自分が親になることを極度に恐れてしまう人がいるようだ。
私は“結婚して子どもを産んで幸せな家庭を築く”というのが幼いころからの夢だった。だから、その機会に巡り合えて、自然な流れに身を任せて母になった。
私は子育て開始後に、自分の母が毒親だと確信した。詳細は別の記事に記してある。
子育てという大変な仕事は、産後すぐに容赦なくやってくる。怒り、苛立ち、悲しみ、孤独、寝不足、疲労…試練が一気に襲い掛かってきるのだ。
その時に、蘇る。
幼いころの記憶が。鮮明にフラッシュバックするのだ。
泣いている我が子を見つめて脳裏をよぎる。
私も母のようになるのではないか…?と。
でも、大丈夫。固く心に誓うのだ。
私は母のようには絶対にならない、と。
とはいえ、子育てをしていると、自分を思うようにコントロールできず、涙することは数えきれない。固く決意していた自分でさえ、感情的に子どもに手をあげてしまったこともある。その時は(終わった…)と思った。母と同じことをした自分を責め、憎んだ。
反抗期には取っ組み合いの喧嘩もした。
しかし、完璧な母親なんていない。失敗することも沢山ある。当然のことだ。
大事なのは、同じ過ちを繰り返さないこと。
子育ては、自分育てだ。深く反省し、手を出したことを忘れてはならない。
毒親と同じことをしてしまった人へ伝えたい。大事なのは、その後なのだ。
子どもは親をよく見ている。親としてではなく、人として誠実な姿を見せていれば、信頼関係は築けると信じている。
健全な両親に惜しみなく愛情を注がれて育った人は、それを当然のこととして自分の子どもにも愛情を注ぐだろう。
毒親に育てられた人は、健全な愛情表現が分からない。人より失敗したり、遠回りすることもあるかもしれない。
だけど、毒親のループはどこかで断ち切らなければならない。
自分が断ち切ると心に決めて、私は15年子育てに向き合っている。
毒親は反面教師として役に立つことも多いのだ。